FC2ブログ

プロフィール

人生まだまだ

Author:人生まだまだ
FC2ブログへようこそ!


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


寒さ厳しき折

寒風に、吹き晒されて行く川原、凍てつく世界に、動くもの無し。川の底、見えるまでに、水は澄み、鏡のごとく光る水面。霜に打たれ、しなだれて、死する草々、カサカサと、音を立てて、絡みつく。霜の柱立つ、土に足元とられつつ、歩きにくい畑中を行く。暖かい木漏れ日一つない林、行けども、行けども、灰色の世界。行く先の、藪から飛び出す、アオジの群れ、人の気配に驚きて、てんでに逃げて、声を潜める。山から染み出る湧き水の、流れか細く聞こえ来て、凍りつきそうな筧の水音。農家の庭先に、凍りつく様に咲くロウバイの花、香り届かず。飼い犬が、見慣れた姿を見いだして、声を立てずに尻尾を振りて、のそり、のそりとやって来て、のど元を撫でろとばかりに、顎を突き出す。雨戸きちんと閉じられた、家の主は、まだ目覚めず、いまだ布団にくるまりて、微睡む世界に、身を委ねつつ。明け行く時に起こされるまで。寒さ厳しき折。








024_20150121114715390.jpg

寒風をついて咲く清らかな水仙

晴れ上がった気持ちの良い朝を迎えた。今日は、大寒、一年のうち一番寒い日を迎えるという。名前の言われの通り、強い北風が、吹き渡っていた。田圃道や、丘陵の尾根など、風除けの無い所では、歩くバランスを崩してしまうほどの強さの風が吹き付けて来て、閉口した。起伏の織り成す丘陵の間に作られた、猫の額ほどの畑の隅の陽だまりに、ひと群れの、清楚な感じで、清らかな、水仙が咲いていた。傍に寄って、花びらに鼻を近づけると、ほのかに甘い香りがした。一月は、早くも半ばを過ぎ、どこもここも、正月気分が抜け、間もなくおとづれる、冬と春を分ける、節分を待つ。






041_201501201223234a6.jpg

キィーンと澄んだ青空

キンキンした、冷めたーい大気、痺れる指先、鼻から、ブワブワ吹き出す、白い息、感覚がなくなりそう、血が引いていく耳たぶ、でも、元気をくれる、あの抜けるように澄んだ“青空”とっても、清々しい気持ちにしてくれる。足取りまで、グングン力強く、一歩、二歩、三歩と、踏み出せる。








080_20150119100853872.jpg

いつも渡る橋

ウォーキングの行きか、帰りに、必ず渡る橋がある。築何年になるのか分からないが、手すりはすっかり錆びてしまい、所々朽ちてしまっていた。風除けも無く、東西南北から吹く風に、一年中晒され、あるいは、川面から湧き上がる水蒸気を受けて、今の時期、手すりは、霧氷で真っ白に覆われる。下を流れる川は、高崎川と言って、北総台地に降った雨が染み込み、丘陵に囲まれた、谷津田の至る所から湧き出る、清水を集めて、印旛沼まで続く流れになっている。この町に密着した生活道路の一部の橋だけに、主に、町の人が利用する位で、他から来る人には、あまり知られていない。橋といえば、今まで過ごしてきた人生にも、色々な橋がかけられていた。何度も何度も、思案しながら渡って来た気がする。あぁ、あの時は、渡らなければ良かったと、思い返すことも、今にしてみれば、あったような気もする。しかし、今の自分があること、そして、健康でいられること、渡ってきた橋はいずれも、間違いの無かった行動だと感じている。







画像 117

朝日を拝む

比較的暖かな朝を迎えた。このところ、日の出の時間が遅いため、毎朝、薄くらいうちのウォーキングが続いていた。そして、明るくはなっているのだが、日の出前には、帰宅してしまうので、なかなか太陽の顔が拝めなかった。けさは、いつもより10分ほど遅く家を出たので、久しぶりに帰宅途中で、日の出に遭遇できた。今の季節、陽の出る位置は、焼却場の煙突の立つ、丘陵から、ぬっと顔を出した。そして、季節が進むにつれて、だんだん北寄りに位置を変えていく。正月と言っていたのも、もうすでに半月が経ってしまい、くしくも、本日は、20年前、阪神淡路大震災の起こった日でもある。





098.jpg

朝霧が生まれる頃

昨夜からの雨が上がり、はっきりとした朝がやって来た。今、歩いていく先の、目の前に広がる世界は、生命が土の中に隠れてしまい、見渡す限り、枯れた死の世界が広がっている。その世界の真ん中を、黄泉の国から流れ出てくるような、冷たく凍った鈍い流れが、川筋に沿って蛇行してゆく。そして、寒さが緩んだ大気に誘われるように、川面から霧が立ち上がる。まるで亡霊がさまようかのように、ゆらゆらと揺れながら、あちらから、こちらから、幾つも湧いて出てくる。そんな世界を消し去るように、一陣の光が注ぐ。日の出を迎え、凍りついた、冷たい世界から、明るい、暖かな陽射しのそそぐ世界へと姿を変えた。




022_20150116123612322.jpg

光が立ち上がった。

県道の坂を下って行った。上ってくる自動車のライトが眩しくて、カメラで光を遮った時に、シャッターを押したのだろう。面白い写真が写っていた。車のライト、街灯の明かりが、上へ引っ張り上げられたような形になっていた。それも、よく見ると、音符の四分音符の形になっていて、夜明けを告げるファンファーレが、聞こえてくるような感じがした。このシーンは、偶然に撮れたものだったが、カメラを構えて、こんな風に撮りたいなと考えながら、ファインダーを覗いて、その中で構図を作り、シャッターを切る。しかし、結果を見ると、期待はずれだったり、期待以上だったり、思わぬものが出て来たり、レンズから入ってくる、光のイタズラは、おもしろい結果を見せてくれる。人の一生もしかり、自分が考えている通りには、なかなか行かないのが世の常、しかし、それにもめげず、また、頑張っていくところが、人生の醍醐味の面白いところ、結果がどうあれ、人間が人として生きていくことの挑戦が、人生であろう。






003_20150115112710eea.jpg

枯草に花が咲く


風はなく、空は澄み渡り、大気がキンキンに冷えて、凍りつきそうな朝だった。いつものコースを歩き、神社のお参りを済ませ、川岸までやって来た。冷え切った大気より、川の水温の方が高いので、川面から煙立つように、霧が発生していた。そして、その霧が流れて、川原に枯れた姿を見せている、アメリカセンダン草を包むように覆った。やがて、その枯草に白い花が咲き始めた。霧は、凍てついた草に、霧氷を作り始めたのだった。見る見る間に、アイスフラワーの作品が生まれた。自然は芸術家だ。








040.jpg

力強い陽の光を浴びて



杉林の上に、バーンと音を立て、爆発したように現れた太陽は、目もくらむような光を放った。と同時に、林の影になって黒々としていた畑は、緑の世界へと姿を変えた。きれいに畝った畑には、小松菜、ホウレンソウ、からし菜が育ち、今が食べごろの、旬を迎えていた。冷え切った大気の中、ホカホカした、太陽の陽射しの暖かさを、背に受けて、西側の林道を下る。元旦から続く晴天で、ウォーキングには最適だが、乾燥した大地は、カラカラに乾いて、枯草や枯れ木に自然火が点かなければ良いのだが。そんな心配をしながら、農家のある下まで来ると、ほのかな甘い香りを放った水仙が迎えてくれた。









051_20150113120917265.jpg

好天の日が続く


連日の好天気が続く朝、色々な場所から、様々な日の出が見られる。快晴のときは、特に美しい。まず、空の色が、段階的に明るさと、色彩が変化してゆく。そして、時間帯によって、太陽が顔を出す場所を、特定出来、追跡することが出来るので、一日のうちに、何度か、日の出が拝める。その場所は、丘陵の頂や、川岸、神社の境内、公園の中であったり、その日の天候と、時間と、行動のタイミングで、シャッターを切る、ビッグチャンスが生まれるのだ。









画像 152

««前のページ  | ホーム |  次のページ»»