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Author:人生まだまだ
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幸、不幸は、錦木(にしきぎ)次第

今朝は、気持ちの良い青空が広がっていた。ウォーキングの途中で、『錦木』の葉が赤く色づいているのを見つけた。「錦木」というと、宮本百合子さんが、源氏物語を読んで、刺激されて書いたと言う、『錦木』の話を思い出す。奥州の方の話で、美しい娘に思いを寄せた男は、必ず申込みの印に「錦木」という木の枝を、その女の門口にさしておくという風習があって、その枝が取入れられれば承知したことになり、若し女が承知しない時には、後からあとから、幾本かの錦木が立ち並んだままに捨てて置かれるという話を書いたものだった。『錦木』と言う木が、小説の一部分を担うと言う、話が生まれていたのだ。改めて、思いの込められた『錦木』を見た。

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太陽が蜘蛛の巣に引っ掛かった

驚き、太陽が、蜘蛛の巣に引っ掛かった。果たして、太陽を食う蜘蛛はどんな蜘蛛だろうか。太陽が男性なら、月は女性、すると、太陽を食うのは、女郎蜘蛛かもしれない。などと、戯言を言いながら、川岸までやってきた。昨日は、豪雨で、荒れ狂って流れる川を見ているだけでも、引き込まれそうになり、怖い思いをしたが、今朝は、水面に青空を映すほど、穏やかな流れになっていた。そして、濁流になぎ倒された草々は、立ち上がる事さえできないほど、ダメージを受けていた。その反面、川のあちこちに溜まっていたゴミは、見事に流されて、川岸は、清掃されたように、すっきりとしていた。農道を歩いていると、畑の隅や、農家の庭に植えられている柿の木に、枝もたわわに、沢山の実を付けていた。少し赤らんだ実を、一つ取って齧ってみた。失敗、渋柿だった。口いっぱいに渋が広がり、舌の感覚がなくなってしまった。今日は、渋い一日になりそうだ。

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土砂降りの中のウォーキング、参ったな

今朝は、バケツをひっくり返したような、土砂降りの雨の中のウォーキングになった。何か発見はないだろうかと、目を凝らして行くと、強風で折れて落ちた木の枝先に、殻を付けたオレンジ色の実を見つけた。コブシの実だ。コブシの花は、誰で知っているが、花が終わってしまうと、見向きされないので、秋の実はあまり知られていない。袋果(たいか)という袋の中に入っている実が、握りこぶしのように見えることからコブシの名が付いたと言われている。袋果が初秋には黄色くなり、やがて赤みを帯びてくる。そして熟すと、袋果が割れて赤い実が飛び出す。赤い果実を剥いて見ると、中に黒い種が入っていた。土砂降りの雨を避けて逃げ込んだ、林の中では、大型のアゲハの姿はなく、ヒカゲやジャノメ蝶、そして、蛾の姿など、地味なものばかりが飛んでいた。気温が大分下がってきたようで、肌寒くなった。台風並みの天気だ。

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酔芙蓉(すいふよう)

いつもウォーキングをしていて、あたり前に見ていた花が、全く違った花だったことに驚いた。それは、ムクゲの花と、芙蓉の花だった。花の形と、花の色から、すべて、ムクゲの花と思い違いをしていたことだった。その結果もう一つ、改めて知ったのは、朝、確か白い花だったと、思っていたにもかかわらず、昼過ぎには、ピンクの色に変わっていたにも気が付かず、もともとそこにあったのは、ピンクの花だったと、観念的に思い込んでしまっていた間違いだった。白い花がだんだん夕方になるにつれ、ピンクに色づく『酔芙蓉』(すいふよう)の花だった。花の色が1日のうちに白から薄いピンクに、夕方しぼんでしまう前には濃いピンクにと、まるでお酒を飲んだように、顔の色が変わる所から、つけられた名前の花、『酔芙蓉』だった。知らぬが仏の思いだ。

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森の小さな乙女

今朝のウォーキングで、少し沢になった道で、森の小さな乙女と言われる『サワオトギリソウ』を見つけた。本来の弟切草とは、少し違った形だが、弟切草(オトギリソウ)と、変わった名前の花なので、調べてみると、面白いことが分かった。オトギリソウは、昔から血止め薬として用いられてきたようだ。面白いことと言うのは、弟切草と付けられた謂れがあったのだ。それは、昔、ある鷹匠は、鷹が傷ついたときの治療薬として弟切草を使っていて、仲間の鷹匠には草の名前を教えていなかったところ、ある日彼の弟がうっかり他の鷹匠に秘密をバラしてしまい、これに怒った鷹匠は、弟を斬り殺してしまった。このエピソードから、「弟切草」と名付けられたようだ。日頃、小さい植物なので、見落としていたのだろう、初めて目にした花だったので、嬉しかった。それに『森の小さな乙女』と呼ばれ、何と魅力的な花か。

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蜂が活発に動き回る時、気を付けよう

低く垂れこめた雲の上を、すべる様に太陽が姿を現した。夏の頃と比べると、だいぶ日の出が遅くなった。大気は、湿度が低くなってきた分、爽やかさと涼しさを増し、半袖でのウォーキングも、そろそろ長袖に変え時になって来た。今、初秋の野道は、耳元に羽音が聞こえてくるほど、盛んに、ミツバチ、スズメバチ、アシナガバチ、ツチバチなど、蜂たちが、フジバカマ、葛、萩、ヤマホトトギス、ツリフネソウなど、花の蜜を集めて飛び回っていた。スッーと、目の前を通り過ぎて行ったものがいた。イトトンボだった。後を追っていくと、何度か、草の上に止まっては、飛び上がりを繰り返して、ヤブマメのツルに掴まって、ようやく落ち着いた。そっと、近づいて、何枚か、シャッターを切った。こんなに、か細いイトトンボは、いつまで生き続けて行けるのだろうかと思った。

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彼岸中は、殺生をしてはいけない

彼岸中は、殺生をしてはいけないと、幼い頃に、おばあさんから聞かされていた。今になって、なんでそんなことを思い出したのだろうか。それは、今朝の出来事だった。昔から、蛇は身の毛のよだつほど、大っ嫌いな存在だった。その蛇に出くわしてしまった。一瞬、まむしと思ったが、良く見ると『ヤマカガシ』だった。こわごわ近づいて、転がっていた石を拾って、潰してやろうと思った瞬間、おばあさんの言葉を思い出したのだった。でも、怖かったので、石で体の一部を抑えて、鳥肌を立てながら、近くに寄って写真を撮った。また、近くの栗の木では、スズメバチが群がっていた。刺されると怖いので、ほうほうの体で、逃げてきた。帰り道、彼岸花に囲まれた地蔵尊に、手を合わせて厄を払った。暑さ寒さも彼岸までと、昔から言われている、季節の変わり目、変化の起こる時、どんな出会いがあるのだろうか。

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何とか心と秋の空とは、よく言ったもの

今朝は、昨夜から降っている雨が、少し残っていたが、ウォーキングに出かける頃には、曇り空になっていた。歩いていく足元に咲いていた、釣り鐘ニンジンの花が散り、風が吹いても鐘の音は聞こえてきそうもないイメージを、抱きながらいるうちに、いつの間にか、タコが足を開いたような形の実を付けていた。そして、ニンジンの花が咲いていた同じころ、カラスウリは、緑色をしていたが、既にオレンジ色に色づいていた。また、『アキノタムラ草』は、雨に打たれ、紫色の花を、一段と色濃く染めていた。去り行く季節に、夏から咲き続けてきた、白妙ひまわりも頭をたれ始め、また、ヤマホトトギスの花も色あせて、次の季節に登場してくる草々に、その席を譲ろうとしていた。

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白い蕎麦の花が、風に揺れる朝

ウォーキングコースのひとつ、町のメインストリートは、花水木通りと呼ばれ、道路の両側にハナミズキが植えられている。ほとんどが、ピンクの花をつける木で、白い花をつける木は、駅の広場に数本植えられて居た。そして、葉が枯れ始めた今、それぞれの木に、赤い実を付けている。人通りが切れると、ムクドリがやって来て、熟した実をついばんでいた。広大なそば畑は、いま、蕎麦の花が満開になっている。風が吹くたび、白い頭を左右に揺らし、まるで白波が立つように見えた。もう一ケ月もすると、蕎麦屋の店先に、新そば入荷の看板が、立ち並ぶだろう。挽きたて、打ち立て、茹でたてと、蕎麦の拘りの三たてで、運ばれて来る、緑がかった新そば、噛み応え、のど越しの良さ、うーん、たまらない。

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澄み切った秋空の下を行く

真っ青な秋空が広がる、爽やかな朝を迎えた。まぶしい朝陽を、正面に受けながら、丘陵に沿った野道を歩いて行く。畑の隅に植えられた、桃色コスモスが、微風に首を振りながら、こちらを見ていた。まだ、力強い陽射しは、まともに受けていると、肌にジリジリと、食い込んでくるように痛く感じる。何処から湧いてくるのかと思うくらいに、今朝は、トンボが数多く飛んでいた。カメラを構えている動かない方の左腕に、止まってくるほどだった。コンバインで、綺麗に刈られた田んぼの中では、稲が無くなった今でも、まだイナゴが飛び跳ねていた。昔は、新米を腹いっぱい食べたイナゴの佃煮は、美味かった。実り豊かな秋、これからが楽しみである。

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