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Author:人生まだまだ
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雨の朝のウォーキング

今朝は、北風の吹く冷たい雨になった。人の行き来のない国道に沿った道を歩いていると、雨の中を歩いている方が、間違っているとばかりに、うなりを上げて回る、タイヤから跳ね上げて来る泥水の飛沫を、まともに食らった。始めは、手に差した傘で、身を庇っていたが、次から次へ現れる車に、根負けして、成るがままと諦めた。途中から、総合公園へ逃げ込んで、ほっと一息ついた。梅林の道を通りすがりながら、鼻をクンクンさせたが、香りを探すことが出来なかった。花見の時は過ぎ、雨に当たり、散った花びらが、木の根元を埋めていた。しかし、ウォーキングロードは、常緑樹の間を彩っている、紅梅、白梅が、見事な花を見せていた。そして、神社の境内の周りに植えられた、河津桜『カワヅザクラ』が、ちらほらと開花し始め、あと、10日も経てば、七分咲きを迎える事だろう。私同様に、大杉が茂り、雨除けになる、神社にやって来たのか、木の根元で、餌を探しながら、跳ねている『ツグミ』を見つけた。神社の濡れ縁に腰かけ、一休みして、辺りの様子を窺っていると、足元に、フキノトウが芽を出しているのが見つかった。開いた葉の真ん中に、びっしりと花の蕾が詰まっていた。一雨ごとに、春が近づいて来るのを感じた。雨の止み間をうかがって、帰り道を急いだ。

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春に三日の晴れ無し

もくもくと、折り重なった黒雲を、両手で押し分ける様にして、お日様が顔を出した。丘の上に設置された、朝露に濡れたベンチが反射して、光り輝いた。しかし、濡れたベンチには、座れなかった。丘の上で、日の出を見ていたのは、私だけではなかった。人懐っこくではなく、執拗にくっ付いて来る『オナモミ』が、引っ付き虫を黒々とさせて群立していた。『春に三日の晴れ無し』という言葉がある。これには、実証があった。10年間の、二月、三月、四月に、どれだけの晴天があったかを調べた結果、二月は、冬型の気圧配置が続いた関係で、4.7日で、そして、三月、四月は、2.5日と三日と続かなかったそうだ。その結果、気象予報士が、良く使う言葉になったようだ。薄日が射して来た川岸を歩いて行く。今まで、川岸は、枯草に覆われていたが、この頃、若草が目立つようになり、段々、緑の部分が広がって来た。鏡のように光った川面は、いつも、空と、そこに浮かぶ雲を映していたが、今朝は、残念ながら、水面全体を灰色に染めていた。『春の小川』の童謡を歌うには、まだ早かった。

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耐え難いことにも耐え

天皇陛下在位30年を祝う記念式典のニュース報道や、新聞記事を見て感じた事だが、祝うのではなく、ご慰労会とする方が、相応しいように思った。日本の象徴としてなされたことは、実際、国の実務者であったと思う。国内における災害現場へ、いち早く駆け付け、慰問されるお姿を見るたび、頭の下がる思いがした。実際、国を動かしているものたちは、すべてにおいて、対応が遅い。見習うべき事かと思う。公園の中の一角に、数十本ほど植えられている寒椿が、沢山の花を付けて、訪れる人の目を楽しませていた。花が終わり、実を結んで、弾き飛んだ種は、方々に散っていくのだが、不幸にも、その一つの種が、石垣の間に落ち、底で芽を出したのだろう。私が見つけた時には、数年、いや、数十年経っているのか、定かでなかったが、見るからに弱々しい枝を伸ばし、その先に、一輪の立派な花を付けていた。これまでに、どんな苦労があったのかと思う時、涙が滲んだ。泣き叫んでも、置かれた環境を、自分の意志では、どうにも変えられない情況を、耐え忍んで、命がけで自己を表現できた椿に、頭を垂れた。

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雨は、思い出を連れてくる。

JR総武線が、停電のため止まってしまっていると、テレビで報じていたが、その続きは気にせず、スイッチを切って家を出た。雨が降ってきたので、もう一度家に戻り、傘を持ってきた。さほどの降りではなかったが、濡れて、風でも引き込んだら困ると、身の安全を考えた。さすが、今朝は、人の行き来も少なく、週の始めとあってか、車だけが、元気に走り回っていた。『糸を引くような、優しい春の雨が降る。まだ春も浅く、寒く冷たい世界では、人の嫌われもの。人は気まま、乾き切った世界では、雨を求め、雨降りが続くと、嫌われもの呼ばわりされる。』『雨は、思い出を連れてくる。死、別れ、悲しみ、生、喜び、幸福など、雨垂れの、一粒、一粒が、色々な場面を作り出して蘇えさせる。嬉しくて、雨の中に飛び出して行った時、別れて行った人が、懐かしく思い出され、心の底まで沁みてくる雨音を聞く時、悔しくて、やりきれない気持ちを、優しく慰めてくれる優しい雨の日など、いつも、いつも、雨粒に似た、涙と共に消えて行った。』そぼ降る雨の中にぼっと佇み、手にした傘に当たる雨音を耳にしながら、遠くに霞む、景色のスクリーンに浮かび上がる、懐かしい思い出に浸っていた。そう、今日も、雨は、思い出を連れてきた。

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初音を聞く

今朝、六所神社から続く坂道を下って来た時だった。杉林の中から、『初音』が漏れ聞こえて来た。昨年の初音が、3月6日だったので、10日ほど早いものになった。気象状態から、平均気温より一度高ければ、暖冬と言うそうだが、今月に入っての寒暖差の激しさからは、そうは感じなかったが、ウグイスは、暖冬だと反論するように、鳴いているのだろうが、修行が足らない様で、まだ、ホーホケキョと、はっきり鳴けずにいた。ウグイスは、日本三鳴鳥のひとつで、『オオルリ』、『コマドリ』と共に、昔からもてはやされているので、暫くすると、上手に鳴くようになるのだろう。また、『梅に鶯』と言う言葉がまかり通っているが、実際に梅の木にいるウグイスは見たことは無い。梅の木にいるのはメジロで、両方の体の色が似ているので、取り違って紹介されてしまったのだと思う。両方を並べてみれば、似ても似つかないことが分かる。また、ウグイスの糞『ふん』は、小じわが取れ、色白になるなど、顔面に塗ると、角質層が柔らかくなり効果があるそうだ。何か今朝は、初音に浮かれて、ウグイスの話になってしまった。

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農家の現状は、悲惨

丘陵のふもと、竹山を背負って、陽だまりの底に佇む、一軒の農家があった。あまり人の行き来がないもので、雑草で所々埋まってしまった、その家まで続く細い道を下って行くと、梅の香に混じって、『沈丁花』の香りが、漂っていた。何故の人の家に続く道を下って来たかと言うと、ここを通ると、田圃へ出る近道だったので、たまに、その家の犬に吠えられたが、10分程短縮できるので、重宝した。田圃へ出て来ると、耕運機の音がしていた。顔見知りの農夫が、田起こしをしている音だった。私を見つけると、耕運機のスイッチを切り、『おぉ、カメラやか。』と声を掛けてきた。どうやら、この辺では、いつもカメラを持って、あちこち写しながら、歩いているので、そんな呼び名で通っているらしい。『今年は、早えーじゃねえの』と言うと、『もう、あとやるもんがいねえもんだから、早めに始めねえと、田植えにまんにゃーねよ。』と言う。どうやら、跡取りのせがれは、勤め人になり、百姓は継がないようだ。『この辺の百姓は、皆、80歳近くになってぺ、後継ぎもいねえし、続けられるだけやっぺといってる。』と言う。冬なのに、日焼け顔にしわの跡を何本も見せながら笑った。『このまんまじゃ、百姓も終わりだべ』と、笑っている顔の中にも、一抹の寂しさを見て取れた。『ほっちゃ、な』と言葉を残して、耕運機のスイッチを入れた。そして、背を丸めながら、また、田起こしを始めた。これが、今の農家の現状だった。

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神々しい日の出を追いかけて

晴天の日は、いつも日の出を拝ませて頂いているのだが、今朝の日の出が、ことのほか素晴らしかったので、時間差で、太陽の昇る姿を追いかけてみた。出会うどのシーンも、気に入った写真が撮れて満足だった。そこで、少し日の出のことを話してみたい。日の出は、その日によって呼び方がある。一月一日(元旦)は、『初日の出』と呼び、一番新鮮で、特別貴重なものとして、普段、朝寝坊の人でも、早起きをして拝みに行く。そして、高い山の頂上から拝む日の出は、『ご来光』と呼んでいる事は、皆知っている事だが、太陽は、いつも同じ場所から出てくるわけではない。日の出の方位は、春分と秋分の日は、真東になり、春分から秋分にかけて北寄りになり、秋分から春分にかけては、南よりになってくる。また、日本の日の出が一番早く拝めるのは、千葉県銚子市の犬吠埼とばかり思っていたら、南鳥島だった。何時であっても、日の出は、神聖で、神々しいものだ。

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ものの価値観の相違

早朝から、気持ちの良い青空が広がっていた。そして、寒さも弱まり、ウォーキングには、最適な条件の日になった。毛糸の帽子を被って出たが、今は、尻のポケットに収まっていた。寒い日には、耳もとまで、すっぽり覆って、お世話になっていたのに、自分の身勝手さに、苦笑した。桜並木の坂を下りながら、空を見上げると、『杏仁豆腐』、中国料理のデザートを、想像させる雲が浮かんでいた。そして、桜木は、骨ばかりの姿だったが、枝先には、花芽がびっしりと付いていた。暖かかった昨日からの陽気が続くと、花芽は、日一日と膨らみを増して行く事だろう。鳥の羽音がしたので、再び見上げると、カワラヒワが、5、6羽飛んで来て、桜木のテッペン辺りに止まった。忙しなく、くちばしで花芽を摘まんでいるように見えた。東屋で、一休みしていこうと、寄り道をした。すると、誰がしたのか、ベンチに新聞が置いてあった。日付を見ると、昨日のもので、新聞紙になったと言うのか、必要なかったら、近くの屑入れに始末すればいいのにと思った。この頃、だいぶ公衆マナーが良くなったと言われているが、人目のない所では、同じく、飲み終わった、缶やビンなどを、所かまわず捨てる不届き者もいた。指先で持ち上げられるほど軽い新聞紙だが、紙面上には、地球規模で動く世界情報の重い記事で埋め尽くされていた。同じものを見ても、見る人によって価値観が違うものだ。

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早起きは、三文の徳

雲間から覗いた太陽に、朝の挨拶を交わすと、一日が始まった。風が運んでくる、梅の香を楽しみながら、総合公園の梅林に沿った道を進んで行く。花は、概して、どの花も朝が一番いい香りを発するようだ。しかし、今、この梅林は、満開に咲き誇っているが、そろそろ終りの時期を迎えようとしていた。シジュウカラの鳴声に誘われて、公園の調整池に広がる葦原まで出て来ると、ホウジロや、メジロ、アオジなど、小型の鳥たちが、朝食の最中だった。細い葦にしがみ付き、くちばしで器用に虫を捕まえていた。小さな池ほどの溜水が、幾つか葦原の中に出来ていて、葦の茂みを通して、目を凝らすと、そこに鴨がいた。すでに、私の存在をキャッチして、警戒しているのか、鳴き声も立てず、微動だにしなかった。向かいに見える丘陵の林の中から、静寂を、引き裂くように、けたたましいコジュケイの鳴き声が、谷津田の中に響き渡った。鳴き声に、驚いたのか、葦原に潜んでいたヒヨドリが、私の頭をかすめる様にして、飛び去った。今朝は、鳥たちの朝食会を覗き見た、ウォーキングになった。

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スギ花粉の到来

昨日の青空は、何処を探して見ても、何処にも見つからなかった。今朝は、鉛色の雲が、空全体を占領していた。空は、すぐに泣き出しそうではなかったが、笑顔には、なりそうにもなかった。常緑樹を除けば、枯れ木と枯草ばかりの、モノトーンのキャンバスに、薄桃色の紅梅や、赤い寒椿、黄色の水仙など、ぽつぽつ、春を感じさせる暖かな色が、塗られ始めた。春と共にやって来る【スギ花粉】と、聞いただけでも、鼻がムズムズしてくると言う、アレルギー体質の人にとって、辛い季節の到来である。スギ花粉症の患者が多いのは、日本とアジアの一部だけで、杉の木自体が少ない欧米では、スギ花粉症は、稀な事の様である。なぜ、日本に患者が多いかと調べたら、戦後復興で、木材の需要が増えた結果、育ちの早い杉の木を大量に植樹したのだが、近年、外国から安く良質な木材が入ってくるようになり、国内の杉の木の需要が減り、植樹して育った杉の木が、伐採も間伐もされず、大量に残った結果、杉花粉に悩まされることになったのだ。そして、現在、患者が、2500万人もいると言う『国民病』になってしまった。

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