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人生まだまだ

Author:人生まだまだ
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身体に卵を産み付けられ、仮死状態のまま食われていく凄惨さ

チョウは、花の蜜を求めて、飛び回っていた。ひょっとすると、私も、朝早くから、被写体を求めて飛び回っている、羽の無い蝶なのかもしれないと思い、笑ってしまった。今朝は、面白い光景に出会い、カメラのシャッターを切り捲った。それは、『サトジガバチ』が、自分の体の三倍もあろうかと思える青虫に、毒針を一撃加え、麻痺させて、巣に運んで行く姿を見つけて、興奮しながら、その行方追った。狩り蜂と異名を取るジガバチは、殺さず、麻痺させた状態の青虫に、卵を一つ産み付けると、巣穴を閉じ、そのまま立ち去り、二度と戻らない。卵は、孵化すると青虫を食べ、10日ほどで成虫になり、巣穴を出る。捕食する殺し屋以上に、凄惨なサトジガバチに、身震いがした。

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緑の風爽やかに、頬をなぜる、気持ちの良い朝

気持よく晴れ上がった大空に、大手を広げたクスノキの柔らかな新緑が、爽やかに目に映り、気持ちの良い朝を迎えた。お天気具合一つで、気持ちが変わってしまうことは、自然と調和しているのか、我儘な気持ちなのか、いずれにしろ、天気の良い日が好きだと言う人は、私だけではないだろう。鼻歌交じりに、谷津田に下りる坂道を軽快な足取りで行くと、谷の底から、賑やかに聞こえて来るカエルの合唱が伝わって来た。カエルの合唱に負けまいと、ウグイスの甲高いさえずりは、いつ終わるのかと思うほど、長く尾を引く鳴き方をしていた。強い陽射しを避けて、堤の陰になった土手に腰を下ろし、谷の奥から吹き下りて来る、気持ちの良い風を胸元に入れ、一休みしながら、鳥の鳴き声を楽しんだ。時々、首を絞められたような、けたたましい雉(キジ)の鳴声に、辺りの空気が、引き裂かれた。再び腰を上げて、ある農家の庭先までやって来ると、今まで見たことの無い花が咲いていた。眺めていると、家の中から、人が出て来て、声を掛けられた。珍しい花だが、何と言う花なのか尋ねたが、知らないと言う。カメラに納めて、ネットで調べたところ『ワトソニア』という、南アフリカ原産の花だった。

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今朝は、優しい雨の降る中のウォーキングだった。

出がけに降っていた雨は、小降りになったものの、何時また、強く降ってくるか、分からない様な雲行きだった。昨日の様な強風が無い分、傘を持つ手は楽だった。しかし、湿度が高く、歩いていると、身体は、汗ばんだ。今の季節、『ヤマボウシ』が満開だった。白く清楚な花が、葉を押し分けて、枝も見えないほど、押し競まんじゅうをして咲いていた。1月頃、花を付けていた枇杷(ビワ)は、マスカットの大きさ位の実を付けていた。房州のビワは、大きく果肉もしっかりしていて、美味しいのですが、我が町のビワは、小ぶりで酸っぱい味がする。気候変動の激しい日々は、植物にも影響を及ぼしているようだ。青かった枇杷の実は、茶色に焼けてしまい、鈴なりに生っていた梅の実は、だいぶ落ちてしまった。四六時中姿を見せていたので、留鳥だと思っていた『カルガモ』は、実は、渡り鳥で、すでに姿を消してしまっていた。


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強風に煽られて、田圃へグサリ足がはまる。

強風に背中を押されながら、ルンルンと坂道を下って行った。しかし、風除けの無い、田んぼの畦道を歩いていた時、向かい風に煽られ、バランスを失って、片足を田んぼに突っ込んでしまった。なすがままよと、泥足も気にせず歩いて行った。ギラギラと、強い陽射しを恨めしく思って見上げると、太陽を乗せて、ザブーンと白波が砕け落ちる瞬間を、想像させる、天上のスペクタクルが展開されていた。呆然と佇み、雲が砕け散り、溶けて姿を消してしまうまで眺めていた。すっかり、首がくたびれてしまった。しかし、上を見ていた効用か、3月の末に花を咲かせていた『ヤマモモ』が、すっかり、立派な実になっていた。そして、赤ワイン色に熟すと、甘酸っぱい果実を食することが出来る。ヤマボウシの花の中にいた『ハナムグリ』を見つけた。コガネムシ、カナブン、ハナムグリ、みんなよく似ていて、見分け方が難しい。簡単に違いを言えば、コガネムシは、植物の葉を食す、ハナムグリは、花に潜って花粉や蜜を食し、カナブンは、樹液を食している。しかし、中々見分け方は難しい。もう少し、研究してみたい。強風が吹きつけるお陰で、泥足もすっかり乾き切って、張り付いた泥が、パカパカに乾き、ひび割れしていた。

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同じジャガイモでも、種類が異なると、花の色が違う。

燦々と降り注ぐ初夏の陽射しを受けて、すくすくと畑の野菜たちは、育っていた。おや、同じ葉をしているジャガイモなのに、花の色が違う。一体なぜなのだろうと、初めて花を見た時の疑問だった。その後、調べてその疑問も解けた。白い花のジャガイモは、ダンシャクイモ『男爵薯』で、明治時代に川田龍吉男爵がイギリスから持ち込んで日本に定着させたと言われている。でんぷん質が多くホクホクしているが、崩れやすいので、マッシュポテトやコロッケの料理に適している。そして、紫色の花のジャガイモは、『メークイン』で、大正時代、イギリスから持ち込まれた品種で、男爵イモよりねっとりしていて、煮崩れしにくいので、カレーやシチュー、肉ジャガ料理に適している。同じジャガイモでも、これほど違いがあるので、花の色が違う事も、納得した。また、勿体ないと思ったのは、間引きされた西瓜『スイカ』が、畑の畝にごろごろと転がっていた。野球のボールほどの大きさのものを選んで、4,5個頂いて来て、ヌカミソに漬けて食べる事にした。

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早朝は、鳥たちの楽園

バラの甘い香りを運んでくる微風を、顔に受けながら、ウォーキングロードを進んで行くと、頭上から、『ツッピー、ツッピー』と、朝の挨拶をして来る鳥がいた。見上げると、杉の木の梢に、山雀(ヤマガラ)が止まっていた。山雀で思い出すのは、町の祭礼などがあると、露天商が軒を連ね、いろんな商売を始めたものだった。その中の一つに、山雀に、おみくじを引かせる芸を見せるものがあった。『おみくじを引く鳥』と言う印象が今でも記憶に残っている。水辺まで下りて来ると、『ギョギョシー、ギョギョシー』と大葦切(オオヨシキリ)の、耳を塞ぎたいほど煩い合唱が聞こえて来た。ヨシキリの謂れは、嘴で、葦を切り裂いて、虫を捕食する所からそう呼ばれた。煩く鳴くわりには、中々姿を捉える事が難しい鳥である。木の梢近くに巣をつくったアオサギは、のんびりと、羽を広げ、身づくろいをしていた。

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勢い良く繁茂する草たち

朝から蒸し暑く、真夏を思わせるような日になった。原因は、偏西風の蛇行により、中国大陸で暖められた大気が、日本列島に流れ込んで来ているからだと、天気予報士が言っていた。いずれにせよ、異常気象には、間違いない。ウォーキングコースの道端は、歩く場所を隠してしまう程、いろいろな草が、勢い良く繁茂して、行く手を阻んでいた。ピンクの花を沢山付けている、『ナワシロイチゴ』の棘の付いた枝先に、何度も引っかかり、足にひっかき傷まで作ってしまった。その様子を見ていた『吸い葛』は、大口を開いて、笑って居るような仕草に見える花を沢山付け、甘い香りを放っていた。蔓に付いた吸い葛の花を、何個が摘み取って、花の付け根の部分を口に含み、吸ってみると、かすかに甘みがした。吸い葛の語源も、こんな所から付けられたと言う。また、冬場を耐え忍ぶと言う事から、ニントウ『忍冬』とも呼ばれた。そして、今年初めて、『シオカラトンボ』を見つけた。矢張り虫でも暑さを感じるのか、日向を飛び回らず、日陰の草の枯れ枝で、羽を休めていた。また、日陰を好む姫黄斑日陰蝶『ヒメキマダラヒカゲ』が、桜の木に止まり、樹液を吸っていた。肌を刺すような強い陽射しを受け、これから昼に向かって、ますます気温が上昇して、30度位まで上がりそうな勢いを感じた。

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卯の花が咲き、ホトトギスが鳴く朝に

『さくらんぼの実る頃・・』有名なフランスのシャンソンを代表する歌曲である。儚い恋と、失恋の悲しみを歌ったこの歌曲は、イヴ・モンタンや、ジュリエット・グレコの持ち歌として、世界に広まり、日本では、加藤登紀子によって歌われているのをよく聞くことがあった。朝日に照らされて、赤く色づいたサクランボを見ているうちに、ふと、そんなことを思い出した。すでに、真夏を思わせるような、ジリジリとした陽射しは、肌を刺激したが、果てしなく広がる青空を望み、目の前に広がる、緑色のジュウタンを谷津田の奥深くまで、敷き詰めたように見える、すくすくと育つ早苗を眺めていると、かえって気持ち良ささえ感じた。腕を大きく広げ、肺の奥深くまで新鮮空気を吸い込み、一気に吐き出すと、身体が新たに生まれ変わったように感じた。丘陵の林の中から、今年初音の『ホトトギス』の鳴き声が聞こえてきた。

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夢見る時

微風に、ポピーの花が、夢見る様にゆらゆらと、左右に首を振りながら、揺れている。ゆっくりと揺れる花に、暗示をかけられながら、ポピー(芥子の実)の麻酔に脳裡がしびれ、幻想の世界に誘われて行く。蝶が飛んで来て、過ぎ去った時代の、ほのかに感じる、あたたかな思い出の詰った小包だと言って、置いて行った。ときめく思いに、ドキドキしながら、小包の紐を解き、箱の蓋を開けた。中に入っていたのは、麦わら帽子を被り、虫取り網を持っている、幼い頃の私だった。そして、野山を走り回って、蝶や虫を追いかけていた。額から流れ落ちる汗を、小さな手で拭っては、また、走り続けていた。やがて、空が焼けるように染まった夕陽を背にして、家路をたどっていく後姿が見えていた。突然、鼻先を、何かが霞めて行った事で、我に返った。今、夢見ていた様な、幼い頃の思い出の姿は、現実の自分の姿と、全く変わっていなかった。

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五月晴れの朝、緑が冴えわたる

昨日の雨で、草木がすっかり洗われて、緑が一層映えて、目の前に広がる世界は、生まれ変わったように感じた。晴れ間を待ちかねていた虫たちは、花の蜜を求めて、元気に活動を始めていた。昨日の強風で、なぎ倒された草木は、無残にも地にへばりついたまま、立ち上がれそうにはなかった。その中でも、背丈の高い草が、風除けになって、倒れることなく、救われたものもあった。あの細くひょろひょろした茎の、か弱い『ポピー』の花二つが、助かっているのを見つけた。何かいじらしく感じて、カメラを花に近づけて、シャッターを切った。その何枚かの中に、面白いものを見つけた。まるで、パティシエが作ったケーキそっくりの、雌しべと、雄しべが、花びらの中に納まっていた。また、アザミの花に、初めて見た、『シロスジヒゲナガ蜂』を見つけた。そして、農家の庭先で、『シャクヤク』の花を見つけ、カメラを構えていると、突然、番犬が現れ、吠えられて、心臓がどきどきした。写真は、アザミの蜜を求めて止まるシロスジヒゲナガハナバチです。

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