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Author:人生まだまだ
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ある蝶との出会いで、祖母を懐かしく思い出す。

天気予報とは違い、今朝は、晴れの天気となっていた。昨日の雨が残した水たまりを避けながら、右に避けたり、左に寄ったり、飛び越えたりしていたが、終いに面倒になり、なすが儘と、ジャブジャブと歩いていた。今朝、出迎えてくれたのは、蝶たちだった。すでに花びらを閉じてしまった『マツヨイグサ』に止まっている『黄チョウ』は、口吻を伸ばして蜜を吸おうとしているが、花の中まで届かず、いらいらしている様子を見せていた。林の中に入ると、ヒカゲチョウが飛んでいた。私の周りを2,3回旋回すると、椎の葉に止まった。『サトキマダラヒカゲ蝶』だった。この蝶には、思い出がある。私の祖母が亡くなった時、この蝶が、祭壇に飛び込んで来た。そして、葬儀が終わって、気が付くと蝶の姿はなかった。翌年のお盆を迎えた時、家の中に蝶が舞い込んできた。一瞬、あの時の蝶だと思った。その話を、母にすると、おばあちゃんが蝶になって戻って来たんだよ。と笑いながら言った。そして、不思議な事に、次の年も、その次の年も、お盆の頃になると、必ず姿を見せた。おばあちゃん子だった、私は、子供心に、大きくなるまで、母の言った言葉を信じて、お盆になると、必ず、其の蝶を探していたことを覚えている。今では、この蝶が活発に活動する時期で、よく見かけるだけの事であって、たまたま祖母の葬儀に飛び込んで来ただけの事だった。母の話に結び付けて、自分なりのロマンを作り上げていたのだ。しかし、現実は、知りたくなかった。

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気流の激しく流れる中、湧き上がる雲に乗り旅に出たい

やや強い風を受けながら、坂道を下って行くと、黒い影を落とした丘陵が、イビキを掻きながら、まだ寝入っていた。寝息だろうか、モクモクモクと、湧き上がる雲となって、次から次へと空に昇って行き、太陽までを覆ってしまうほどの勢いだった。雲の尻尾を掴んで、天上へ昇って行ったら、爽快だろうな。ひと飛びで、十万八千里を行くと言う、孫悟空の乗る筋斗雲(キントウン)のような、超特急の雲に乗って、地球一周の旅をしてみたいなどと、空想を巡らしたいほど、ワクワクした光景が、目の前に広がっていた。川の流れにユラユラと揺れ、水面に顔を出したり、引っ込めたりしている、バイカモ(水草)の上を、ハグロトンボが、忙しなく飛び回り、卵を産み付けていた。丁度、作業を終えたハグロトンボのペアが、目の前の、ススキの葉の上に止まった。まだ、雌の方の尻尾は、曲がったままだった。

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直立して、長く留まる事は、忍耐が必要だ。

鏡のような水面に、その姿を映して、じっと佇む白鷺を見つけた。カメラを通して白鷺の様子を窺っていたが、5分経過しても、微動だにしない。獲物を狙っているのだろうが、いったいどうしたのだと思った瞬間、目にも留まらぬほどの速さで、水面に嘴を突っ込んで、何かを捕まえて、首を上に逸らすと、吞み込んだ。一発勝負の朝飯に掛ける緊張感は、まさに真剣勝負だった。ジッとしているのは、白鷺ばかりではなかった。桜の木の枝の先端に止まった『ムギワラトンボ』初秋の柔らかな日差しを浴び、翅を全開にして止まっていた。風が渡ってくるたび、翅を震わせていたが、飛び立とうとしない。獲物を狙っている様子もない。まるで、秋の日射しと涼風を満喫しているようだった。鳥や昆虫と、言葉を交わすことが出来たなら、どんなに楽しい事だろうなどと想像している私も、しばしジッと佇んでいた。

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優しい、初秋の雨は、山川草木を潤していた

永い間、灼熱の太陽に熱せられてきた世界を、初秋の雨が、慰める様に、静かに降り注いでいた。山川草木しっとりと濡れ、新たな息吹を呼び覚ます力を得た様に、生き生きとした視界が、映し出されていた。陽に焼けて色を失いそうになっていた、凌霄花(ノウゼンカツラ)は、雨に濡れ、本来の色を取り戻して、色鮮やかによみがえっていた。中国原産で、平安時代に渡来して、夏の季語になっている。漢名で、凌霄花の、凌霄『リョウショウ』は、霄(そら)を凌ぐ(シノグ)花の意味で、高い所によじ登る花と呼ばれたようだ。日頃、葉陰に隠れて、姿を見せない鬼蜘蛛『オニグモ』が、ブタクサの葉の上で、獲物が来るのを待ち構えていた。良く見ると、胸から腹にかけての模様が、人の怒った顔や、腹の部分は、笑っている顔に見えて面白かった。また、小さくて、見落としそうな虫が、山の芋の葉に、しがみ付くようにしていた。一見、ホタルのように見えたが、黒瓜葉虫『クロウリハムシ』と言う昆虫だった。現在、九州地方を襲っている豪雨は、何時止むかわからぬ状況の中、場所によっては、最大危険を示す情報が出されていた。西の地方は、毎年、台風や、豪雨の恐怖を抱えながら、不安な生活を送っているのだ。

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陰と、陽、派手と、地味、植物の世界でも、人間世界と変わらない

朝が、涼しくなり、ウォーキングも楽になった。人によって、目立ちがり屋と、引っ込み思案の人がいるように、植物にも、人目を引く派手なものと、人目に付かない、見落とされるものとがある。今朝は、ちょっと見落としてしまいがちな植物を取り上げてみた。昔の泥棒は、足音を立てないように、足裏の外側だけを地面につけて歩いたそうだ。そして、その足跡が、盗人萩『ヌスビトハギ』の果実に似ていると言うことで付けられたと言う盗人萩が咲いた。また、人の名前の様な植物がある。それが、高三郎(タカサブロウ)という。水田の雑草として、嫌われもので、円盤の形をした周りに、針状の花を付ける。そして、果実の平面を良く見ると、碁盤上になっていて、小さなヒマワリを思わせる。面白い名前なので、その由来を調べたが、語源は、不明とされていて、分からなかった。結果、生涯分からないと言うことなので、少しストレスになった。藪枯らし『ヤブガラシ』は、名前の通り、藪を枯らしてしまう程、勢いが旺盛で、駆除が困難な雑草であり、子供の頃、ヤブガラシに絡まれた家は、貧相に見えていたせいか、『貧乏屋敷』などと呼んでいた事を思い出す。藪枯らしの事を知っていても、花を見る人は少ないようだ。緑色の蕾から、ピンク、オレンジ色と変わる、五mm位の小さな花で、花弁が4枚と、雄芯が4個と雌芯が1個あり、開花後、花弁と雄芯は、直ぐに散ってしまい、雌芯だけが残る。雌芯に甘い蜜があり、虫や蝶を呼び寄せる。あまり人に知られずとも、個性を発揮して、立派に育っていた。写真は、高三郎

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ウォーキングロードの道端に、秋色の花が目立ち始める。

朝夕吹く、風に何気なく、秋の気配を感じるようになった。そして、ウォーキングの道端にも、初秋を彩る花が咲き始めた。萩の花が、行く手の袖を引いた。振り向くと、ヤマハギが、長い枝を伸ばし、ピンクの花をたくさん付けていた。また、田圃の畔に沿って、薄桃色のリコリス(夏水仙)が満開になり、足元を飾っていた。葛(クズ)は、我がもの顔に蔓を伸ばして、丘陵の崖いっぱいに蔓延っていたが、その葛のツルに負けずと、蔓を絡み合わせていた『ガガイモ』は、ビロードに似た肉厚のピンクの花を付け,葛の花と咲き競っていた。今朝は、偶然にも、萩、夏水仙、葛、ガガイモと、桃色の花ばかりに出会った。田圃では、日照り続きの天候で回復した稲は、だいぶ色付き、頭を垂れ始めていた。写真は、ヤマハギの花

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ゆらり、ゆらりと、夢見る月見草

早朝の川岸は、真夏の夜の息苦しい大気を浄化していた。朝霧スクリーンの向こう、一夜の饗宴の軌跡を、ふたたび遡り、辿って行くように、うつら、うつらと、夢心地の月見草、目覚めを誘う涼風に、肩を叩かれたが、まだ、このままでいたいと、首を振り、間もなく閉じる時を知り、短い命の終焉まで、大切に生きたいから、そっとして置いてと答えた。だが、時は非情、山の端に顔を出した、夏の太陽は、容赦なく、大手を広げ、強烈な陽射しを振りまいた。悲しそうにうつむいて、目を伏せた月見草は、体を震わせて、身を閉じ、この世に未練を残さないと言うように、潔くポトリと地上に落ちた。消え入るものもがある反面、今朝、羽化したばかりのキアゲハは、稲穂に止まり、ゆらりゆらりと揺れていた。そして、川面を飛び交うハグロトンボは、水草に次世代へつなぐため、卵を産み付けていた。

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早朝、劇団サギの舞台演技に見とれる。

かつて、休耕田であったのだろうが、いまでは、荒れた湿地帯と化してしまった場所がある。その場所は、鳥たちにとっては、安住の地になっていた。えさ場として、季節によっては、産卵そして、子育ての地として、カルガモ、オオヨシキリ、キジ、白鷺、青鷺、モズ、アオジ、メジロ、ヤマガラなど、数え上げてもたくさんの鳥たちを見かけた。今朝は、二羽の白鷺が、ダンスをしているような仕草で、羽を広げたり、閉じたりして、地上を跳ねている姿が見えた。カメラの望遠で覗いて見ると、今年孵った若鳥のようだ。求愛ダンスなのか、何度か同じ仕草を繰り返していた。そこへ、二羽の邪魔をする様に青鷺が現れた。二羽の若鳥は、警戒するように身を寄せたが、今度は、大きく羽を伸ばし、羽ばたくと、丘陵を飛び越えて、去って行ってしまった。今、畦道を歩く道端に、『キツネノカミソリ』のオレンジ色の花が、あちこちに見られるようになった。

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カタツムリの持っている『やり』とは何だったのだろう。

ヘリグロチャバネセセリと、カタツムリが、ヤブマオの葉の上で雨宿りをしていた。お互い襲われる心配も無い事を知っているかのように、警戒心も無い様子だった。また、近くの『アオツツラフジ』の葉の上では、三匹のカタツムリが、絡み合い交尾をしていた。この行為が、子供の頃から、いままで謎であった、ある言葉が、解き明かされる一瞬だった。カタツムリの歌を知っていると思うが、『でんでんむしむし、かたつむり、・・・・・・角出せ、やり出せ、頭出せ』の『やり出せ』の『やり』が判らなかった。小学校唱歌だったので、意味も分からず、歌っていたが、このやりは、『恋矢(れんし)』と呼ばれる白い槍状の器官で、オスの生殖器ではなく、プロポーズの時に、頭の下の部分から出て来て、恋の矢として、相手に突き刺すものだった。雌雄同体のカタツムリの交尾は、互いの交尾口に、恋矢を何度も突き刺し、精子を交換するものだった。雌雄の器官があれば、子孫を残せるだろうと思うのだが、そこがどっこい、カタツムリの世界でも、自分の遺伝子だけでは、強い子孫を残せない事を、本能的に知っていたのだ。そして、その後、地中に浅い穴を掘り、数個の卵を産む。『やり』と言うから、男性器だとばかり思っていた謎が、解明された日だった。『ワルナスビ』と言う植物がある、一本の枝に、蕾、花、果実を一緒に付け、その過程が、一目で分かると言う面白い植物だ。動植物の世界は、実にミステリアス、益々、興味が膨らむ朝だった。

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植物の果たす役割を知る事も大切だ。

北アメリカ原産で、アメリカ芋とか、豚芋などと呼ばれている外来種で、花が菊に似て、芋が出来るため和名で『菊芋』と呼んでいる黄色い花が、畑の隅に咲いていた。最近注目されている植物である。菊芋には、イヌリンと言うものが含まれていて、インスリンを活性化して、糖尿病に効果があるようだ。丘陵の崖の斜面は、葛(クズ)で一面覆われていた。生命力の強い葛は、他の野草を席巻して我が世の春を誇っていた。そして、葉の間から首を覗かせた花茎には、赤紫色の花が咲き始めていた。数日もすると、あちこちから沢山の花が見られるだろう。葛は、万葉の昔から、秋の七草のひとつに数えられていて、根からは、『くず粉』が取れ、くずもち、葛切り、葛湯などが作られている。身の回りに咲く花を、ただ綺麗だと愛でているのではなく、一歩踏み込んでみると、いろいろな役割を果たしている植物が沢山あることが分かった。

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