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Author:人生まだまだ
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新しく迎えた令和元年が、終わりを告げる日の朝に

5月に、『平成』から『令和』に元号が変わり、早くも本日で令和元年が終わりを告げる。昭和、平成、これから過ごす令和と、三世代の時代を比べて、振り返り、また、先を考えて見ると、昭和の時代は、様々の事柄が浮かび上がり、何となく懐かしく、時間がゆるやかに流れていた感じがする。そして、バブル真っ只中で始まった、平成の30年間を振り返った時、まず思い起こされるのは、阪神淡路、続いて起こった東日本大地震と、猛暑、豪雨、台風の自然災害ショック、携帯電話の異常な普及と、オレオレ詐欺、また、アメリカで起きた同時多発テロ事件など、激動の時代のようだった。そして、新しく始まった『令和』は、温暖化現象が、地球規模に進み、自然災害もさらに大きくなり、日本だけの問題ではなさそうだ。そして、世界の政治情勢の悪化による国と国の軋轢がさらに進み、不幸な戦争に至らないとも限らない含みをはらんで行くだろう。それにしても、人生最後になるだろう『令和』時代良い思い出を沢山作りたいと思っている。 

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氷雨の降る寒い朝

寝床を抜け出ると、底冷えのする寒さを感じた。防寒支度をして、外へ出ると、氷雨が降っていた。息をするたび、鼻腔から入る冷えた大気は、肺の中まで達する冷たさを感じた。低く垂れ込めた黒雲から吹き下りてくる風は、雪を連れてきそうだった。寒さに震えながら、『サザンカ』の花は、凛と耐えて咲き、モノトーンの世界に、暖かい色を添えていた。燦々と降り注ぐ陽射しに、ポカポカしていた昨日の川岸と打って変わって、冷たい川風を受けて、鼻先と、両耳の感覚が無くなる程の寒さだった。雨天にも拘らず、鳥たちの朝食会が始まっていた。葦原の中で鳴く鳥たちは、最近、シジュウカラ、メジロ、アオジは、鳴き声でわかるようになった。カメラを構えて動き回っていては、中々、シャッターチャンスはないが、五分ばかり、じっと動かず立ち尽くしていると、鳥たちの方で動き出すので、チャンスが生まれる。傘を持つ手も、カメラのシャッターを切る指先も、冷たく痺れ、感覚が無くなってしまった。傘を持つ手を交互に換えて、ポケットに手を突っ込み温めるのだが、追いつかず、やむなく引き上げる事にした。

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喧噪な世の中に比べ、今朝は、静かで、穏やかな気持ちの良い朝を迎えた。

今朝は、気持ちよく晴れ渡り、あまり寒さは感じなかった。大晦日まで残すところ三日となると、あちこちで大掃除を見かけるが、ちっぽけな我が家は、大掃除ではなく、右のものを左に片す程度の小掃除で済ましている。そして、ダストボックスの前には、大型のものや、燃えないゴミなど、普段の数倍ものゴミが、捨てられている山を見ると、其の家庭に沁みついた生活ぶりが見えて面白かった。そんな光景を横目にしながら、国道まで出て来ると、道路も普段より車の台数が多く走っているように感じられた。『師走』、昔は、先生が駆けずり回ったと言うが、現在は、車が走り回っている。中には逆走する車もあるというので、早朝ウォーキングでは、気を付ける事にしている。電線に、鶫『ツグミ』が止まっていた。日本には、越冬のため飛来する。そして、夏の頃には、鳴き声が聞えなくなるので、(口をつぐんでいる)と、言う所からツムグからツグミの名前になったと言う。谷津田の中は閑散として、鳥の鳴き声一つ聞こえず、喧噪の人間社会から隔離された静寂の世界だった。

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青く澄み切った大空を、悠然と舞うトンビを眺めながら

ピーヒョロロと、青空を悠然と飛ぶ、『トンビ』、上昇気流に乗って輪を描きながら上空に舞い上がって行く。鳴き声を聞くと、あっ、トンビだと、すぐにわかるのだが、先日、電柱のテッペンに、どっかりと座った猛禽類を見つけ、写真を撮り、鳥に詳しい友人に問い合わせた所、トンビと分かった事があった。我が町にも、トンビが来ることが判っていたので、今回、直ぐにトンビだと気づいた。背中に、暖かい陽射しを受けて、東屋まで続く、冬枯れした芝を踏みながら、丘を登って行く。木立に囲まれた休憩所は、ポカポカの陽だまりの中にあった。大気は冷たかったが、丘を登って来た身体は、温まりすぎて、額から汗が流れた。長閑な環境の中に気持ちを置くと、体まで透き通ってくる感じがする。そして、頭の中まで空っぽになるのだろうか、睡魔が襲って来る。朝の転寝(うたたね)も、満更悪いものではなく、贅沢であった。

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朝に降っていた雨も上がり、今はすっきりと晴れた天気になった。

昨夜降っていた雨が、今朝まで残っていた。雨に濡れているのは、私だけではなかった。雨でずぶ濡れになって、一段と艶っぽくなった、赤い寒椿を見つけた。下を向いて咲けばいいのにと、声を掛けてやった。傘を開いて、上向きにひっくり返したように咲き、きっと寒かろうに、身体じゅうで雨を受けていた。農家の生垣越しに、枝をだらりと下げてしまうほど、鈴なりの、黄色く色づいた実を付けたスダチの木を見つけた。どのスダチも、雨で綺麗に洗われた顔を見せていた。ハーブガーデンの近くを通ると、濃いピンク色をした花を付けた『チェリーセージ』が、チマチマした沢山の花を付けていた。その近くで、リコリス(ナツズイセン)に似た花が咲いていた。彼岸花にも似ているし、どちらも今の寒い季節には、不向きな花なので、違っているだろうと思い、ネットで調べたところ、ネリネ『ダイヤモンドリリー』と呼ばれる、南アフリカ原産のヒガンバナ科の花だった。

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まるで流氷が漂っているような、冷たそうな雲を眺めながら

まるで流氷が漂っている様子の、冷たそうな雲を眺めながら、これから晴れるのか、雲が段々厚くなって、雨が降り出すのか、空に聞いてみたい朝の天気だった。先日まで、公園の『トベラ』の果実が、緑色から、黄ばんだ色に変わって来たのを確認していたのだが、今朝は、果実が破れ、中から赤い種子が顔を出していた。トベラは、花の匂いは良いのだが、葉や枝を折ると臭くて、嫌な匂いがする。年末のこの時期を迎えると、年賀状を書き始める時期になり、毎年のことながら、11月頃には、今年こそ、早めに書いてしまおうと、思っているのだが、12月に入ってからでも良いだろうなどと思っていると、忘年会だ、大掃除だと、騒いでいるうちに、元日に届くには、何日までに投函してくださいと言われ、気は焦るのだが、日々の雑用に追われ、まあいいや、年内に書けばいいと言っている間に、大晦日を迎えてしまうのが常だった。今年も相変わらず同じ状況になりそうだ。恥ずかしい。

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雪が降りそうな空から、サンタさんがやって来そうなクリスマスの朝

曇り空から、雪が降って来そうな寒い朝になった。あの空から、トナカイの曳く橇に乗ってサンタクロースが、プレゼントを持ってやって来ると、夢見ていた時代は、遥か彼方に霞んでしまっていた。12月25日は、クリスマス。現在の日本では、ケーキや、チキンを食べ、親がサンタさんになって、子供にプレゼントを贈ることが、恒例の行事となっている。クリスマスという言葉は、正式には、『クリストマス』と言うそうだ。クリストは(キリスト)、マスは、(ミサ)のことで、キリストの降誕祭を言う。日本では、宗教的な理由はなく、商業イベントとして始まり、国民的な行事になった。折角なので、クリスマスの事を少し調べて見た。日本がXMASと関わった始めは、明治37年銀座の『明治屋』が、商業ディスプレーとして、店頭にクリスマスツリーを飾ったのが始まりで、明治43年には、『不二家』が、クリスマスのデコレーションケーキを発売し、大正8年には、『帝国ホテル』が一般向けクリスマスパーティを開催し、その後、次々とデパートやホテルで、クリスマスの装飾や、ケーキの販売が行われ、全国的に広まって行った。因みに、日本では、クリスマスイブに盛り上がりを見せているが、外国のキリスト教徒たちのメインは、25日であった。25日前後が、クリスマス休暇となり、七面鳥や牛肉、羊などの沢山の料理を作り、家族や親類が集まり、盛大にお祝いをする。キリスト教徒で無いものは、日常と変わらない休暇を過ごすと言う。要するに、日本人は、さまざまの宗教を受け入れ、他宗教の行事も、イベントとして楽しんでしまうという、何と日本人らしい姿なのかと思った。

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ただ一人、黎明の時を迎え、荘厳な世界に浸る。

キーンと澄み切った朝、少しでも音を立てたりしたら、バリンと、張り詰めたものが、壊れそうな、日の出の風景だった。ただ一人、黎明の時を迎え、荘厳な雰囲気の中で、一日の始まりの証人となった。足の底から大地の冷たさが、ジワジワと伝わって来るが、今、ここから歩き出すには、勿体ないと感じたこのところの気象変動の激しい日々を忘れさせるほどの、素晴らしい日の出の風景だった。いつもの休憩場所である東屋へ到着する頃には、だいぶ陽も高くなり、建物に射し込む陽射しもたっぷりと注がれ、ベンチが温められていて嬉しかった。年末と聞くと、やり残した事があると、反省の念を抱くのだが、急ぐ事はないが、すぐにやらなくては、二度と出来ない年代を迎えていると、本当に一日、一日が大切になり、その積み重ねが、一年となるので、その内容は、どのように描いて来たかによって、その人の歴史を記す日記の、厚さ、薄さの差が出来るのだと自覚する。強調文

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昨夜の雨も上がり、日の出を拝む

昨日は、曇り空で、夕刻からは、雨になる寒い一日だったが、今朝は、丘の上の東屋から、美しい日の出が拝めた。射し込む明るい陽ざしは、陽足を長く伸ばし、東屋の床を隅まで舐めていた。前方に見える丘陵は、霞が掛かり、太陽の光が、頂きから放射状に注がれていた。公園の一番低い場所にある、サッカー場から、公園の丘の上まで、杉や椎、樫、モミジ、イチョウ、椿、ドウダンツツジ、サツキなど、大木から灌木に至るまで、沢山の木々で覆われた林がある。そして、10月に襲われた台風による強風から免れた、丘の上に並んだ杉の大木の間から、顔を出した太陽は、ここに至るまで、20分程かかっていた。すっかり体が冷えてしまったので、近くの自販機で、ホットコーヒーを買った。コーヒー缶を握りしめた手から、体の中に暖かさが、浸み込んで行った。

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今日は冬至、風邪を引かぬように、カボチャを煮て食べ、ゆず湯に浸かる。

ウォーキングから帰ってくると、『このカボチャが、硬くて中々切れないので、頼む』と言われ、包丁を持ったが、中々手ごわいほど硬かった。そうか、今日は、冬至か。我が家では、毎年この日には、カボチャを煮て、今夜は、ゆず湯に入る習慣を続けている。都内に住んでいる娘から、時々、菖蒲湯はいつか、十五夜はいつかと、聞いてくる。都会にいると、自然との触れ合いが持てず、季節感を感じられなくなって、昔から伝わってきた行事すら忘れさられてしまうのだろう。そんな中でも、故意に、教えて来た訳でもないのだが、我が家の習慣が、時々思い出すように、聞いて来る娘に、引き継がれている事が嬉しかった。今朝は、六所神社の氏子による、境内の大掃除が始まっていた。あちこちで落ち葉を焼く焚火が、今年、一年の間に災いをもたらした悪霊を焼き尽くし、追い払うように、勢い良く炎を上げ、もうもうとした煙が天へ立ち上っていた。

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