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Author:人生まだまだ
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あちこちで田植えが始まる。

田植え作業が始まった。水が引かれた田んぼの中を、田植え機が走り出した。機械に積まれた水稲の稲を、見事なまでに、決まった間隔で植え付けて行く。機械の作業も凄いが、その機械を運転している人の技術は、更に見事だった。機械に取り付けられたレバーを巧みに動かして、直角になった田んぼの隅まで、田植え機を上手に回転させながら、きちっと植えて行く。田んぼの隅に出来た水たまりに、泡の塊みたいなものが、プカプカと浮かんでいた。道に落ちていた枯れ枝で、突っついてみると、ふわふわ頼りなく動くだけで手応えが無かったので、水から引き上げて、枯れ枝で、塊を引き裂いてみると、中から黄色い卵のようなものが出てきた。気持ち悪いものを拾ってしまったと、後悔したものの、写真を撮って、ネットで調べてみると、『シュレーゲルアオガエル』の卵だった。驚いたことに、このカエルは、日本の固有種で、『モリアオガエル』と姉妹種だと言う。しかし、奇妙な名前だと思って、さらに調べてみると、名前の由来は、オランダのライデン王立自然史博物館館長だった『ヘルマン・シュレーゲル』に由来すると書かれていたが、発見した人とは書かれていなかった。

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時の狭間のなかで

満々と水を湛えた田んぼが広がる谷津田の中で迎えた朝は、幻想的な世界を生み出していた。古代の人々は、このような荘厳な朝を毎日迎えていたのだろうと、想像が膨らむ。天空で薄雲を纏って滲む太陽の光は、風に撫でられ、水面で生まれたさざ波を、キラキラと輝かせてこちらに向かってやって来た。陽が昇るにつれて、陽射しは、水面に黒く影を落とした丘陵を、すっぽりと包んでいた闇の薄皮を剥ぐように、その姿を照らし出した。透き通った大気の中を、ずっと先まで見通せる景色は、そこに緑の世界が広がっていた。そして地上に、大きな鏡を張り巡らしたように、谷津田の中の田圃全体が光り輝いた。唯々、呆然と立ち尽くし、時の過ぎ行くままに、変化していく自然のなせる技に見とれていた。暫くすると、遠くから聞こえて来る、朝を告げる鐘の音が、耳元に伝わって来た。どのくらいの時が経ったのだろうと、腕時計を見ると、たった10分ほどの時間だったが、充実した気持ちは、小一時間が経過したように感じた。

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住宅地の各家の庭は、花盛り

住宅地の中を歩いてみると、互いに競うように、庭に植えられた手入れの行き届いた花々が、綺麗に咲きそろっていた。赤色を中心に、黄色、白色、紫色のチューリップが、背比べでもしているかのように、行儀よく並んでいた。アイリス『アヤメ』は、ギリシャ語で『虹』を意味する。虹のようにいろいろな色の美しい花を咲かせる由来から名付けられたと言う。『いずれアヤメかカキツバタ』と言う慣用句がある程、アヤメとカキツバタはよく似ている。アヤメは、花びらが網のように見える所から『文目(アヤメ)』と呼ばれ、カキツバタは、花汁を布にすりつけることから(書付け花)と呼ばれたそうだ。黄色い『カロライナジャスミン』が、ある家の垣根に咲いていた。茉莉花(まりか)『ジャスミン』は、美しい花と香りを持ち、香水やお茶の原料とされているが、カロライナジャスミンは、毒性があり、神経麻痺などの中毒を起こすもので、名前は似ているが、想像するものとはまったく別種のものである。また、ある家の庭では、薄紫色した釣鐘形の花が穂になって咲いている『スパニッシュブルーベル』を見つけた。ほかに、見たことは無いが、筒状の花の先端が、くるりと反り返った『イングリッシュブルーベル』と言う種類もあるそうだ。コロナウイルス感染防止の外出自粛の影響で、閑散とした町の通りとは反対に、各家々の庭は、華やかな賑わいを見せていた。

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山藤が、丘陵の裾のを飾る。

毎朝ウォーキングしている丘陵の麓を、若葉が芽吹いた木々に、絡みつくように巻き付いている山藤『ヤマフジ』が、長い房を伸ばし、薄紫の花で飾っていた。普段公園や、神社などで見られる藤は、野田藤『ノダフジ』と言われる藤で、一見しただけでは、両者の見分けは付きにくい。それでは、何処で見分けるのかと言うと、ノダフジの蔓の巻き方は右巻きで、ヤマフジは、左巻きなので分かる。『藤』で面白い話がある。苗字に『藤』の字が多く付いているのが目立つ。(佐藤、加藤、伊藤、斎藤など)これは、平安時代に栄華を極めた藤原氏の一族が全国に広がった影響によるものだった。加賀の国に行った藤原氏は、『加藤』に、伊勢の国では、『伊藤』と、国の名を取って家名としたそうだ。今、農家の庭で、赤や桃色の牡丹『ボタン』の花が見られる。牡丹は、原産地が中国で、奈良時代に薬用植物としてわたって来たと言われている。牡丹の花が咲く、春彼岸には、牡丹餅『ぼたもち』を食べる習慣があり、同じ餅だが、萩の花が咲く、秋の彼岸には、御萩『おはぎ』と呼ばれる。土手の崩れた場所で、十二単『ジュウニヒトエ』の花を見つけた。日本固有種の花で、花が重なり合って咲く姿を宮中の礼装として着用した十二単衣に見立てて付けられた名前だそうだ。

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わが町の希少植物たち

ウグイスが、長々と囀りながら、私を林の中へと誘う。歩く足元に生える、朝露を宿す草から、ズボンの裾が濡れる。林の中で、目を凝らすと、珍しい、そして保護植物として挙げられているものが見つかる。この季節、野生蘭の王様とも言える金蘭『キンラン』が、木漏れ日の当たる場所で見つかった。暫くすると、金蘭の後を追うようにして、銀蘭『ギンラン』が咲き始めるのだが、ウォーキングコースでは、金蘭は良く見つかるが、銀欄を見つけるのは、難しくなって来ている。さらに林の中を進んだ場所で、甘野老『アマドコロ』の群生を見つけた。茎や根茎には甘味があり、山菜として、天ぷらや、茹でてあえ物にすると美味しい。アマドコロによく似た植物で、鳴子百合『ナルコユリ』がある。林の中で、一見しただけでは、見分けるのが難しい。見分け方は、茎を見ると分かる。アマドコロは、角張っているが、ナルコユリは、丸いので見分けが付く。アマドコロを見つけた近くの日陰で、稚児百合『チゴユリ』を見つけた。背が低く、小さな花一つだけ付けているだけなので、ちょっと見落としてしまいそうな植物だ。名前の由来は、小さくて可愛いところから稚児ユリの名が付いたと言う。日本の絶滅危惧種としての指定も受けているほど、貴重な植物だ。

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山紫水明

すっきりと晴れ渡り、爽やかな朝を迎えた。田に水が引かれる頃になると、いつも思い浮かぶ言葉は、『山紫水明』だった。山紫水明とは、『日に映えて紫色に見える山と、日を浴びて輝く美しい水面』と言う意味だそうだ。いままで、中国の故事だと思っていたが、驚いたことに、江戸時代の歴史家、詩人の『頼山陽』が作った造語だった。頼山陽自作の漢詩、『黄樹青林、小欄に対す、最も佳し、山紫水明の間』によるもので、現代語に訳すと、『手すり越しに、色づいた木や青く茂る林がある。最も美しい山水の空間だ』と詠ったと言う。まさに今、雲一つ無く晴れた日、ウォーキングコースの風景は、頼山陽が詠った漢詩の中にあった。この景色が、何時の時代まで続いて行くのだろうかと思うたび、ため息が出てしまう。農家の後継者が無く、山林伐採による太陽光発電のパネル畑、大型ショッピングセンターの進出、ああどうなるのだろう、この自然は。

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コロナのために、他人との境界線を意識して、心の結び付まで失わないで

丘陵沿った農道を歩いて行くと、水を張られた田んぼの水面が、鏡のように光って、周りの景色を、反転して映し出していて美しかった。畦道で、野生化した菜の花が、青空に向かって、それぞれの花が競うように、背伸びしていた。また、柔らかな若葉の茂る林の中では、山ツツジが、際立ってその存在を主張していた。杉林に入って行くと、木は等間隔に植えられ、整列している様な光景を見て思い出した。まるでコロナウイルス対策の一つとして、スーパーなどへ行くと、接触を防止するため等間隔に引かれた線上で、レジ前に並ぶ買い物客のように感じた。先日、銀行に寄った時、座席に一人置きに張り紙がされ、間を開けるようにと書かれていた。電車の中では、会議時には、食堂ではなど、他人との間合いを取るのに、これほどまでに意識したことは無い。感染拡大を防ぐには、どれほどの距離を取ればいいのか、厚労省の推奨では、2mと言うのだが、この2mが、他人との境界線と意識して生活していると、心の結びつきまでが、失われて行きそうで心配である。

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コロナウイルスの被害にあうのは人間ばかりではない。花たちも犠牲になった。

花水木が咲き始めた公園で、ウォーキングをする人の数が減って来た。また、午後にウォーキングをしている人の中にマスクをかけている人が目立つようになった。収束の全く見えないコロナウイルスに対する不安感は、徐々に人の気持ちまで蝕んできたようだ。毎朝10時に流れる、町の保健センターからのコロナ対策の内容が、うがい、手洗い、咳エチケット、不要不急の外出を控えましょうから、外出自粛へと変わって来た。わが町は、新鮮な空気、燦々と降り注ぐ太陽、緑豊かな自然、そこに生活する動植物など、コロナウイルス騒ぎは、別の世界の事のように感じるが、実際は、8名の感染者が出ている。コロナウイルスの被害は、人間ばかりではない。田植えが始まる時期を迎え、トラクターや、田植え機、耕運機の行き来するため、川岸の土手の草刈りが行われ、ウォーキングには、便利になったが、其の草刈りで、思い出したのは、5月の母の日のため、カーネーション作りをしていた農家が、花の需要が無くなり、すべて刈って処分したと言う。また、近くの町にあるチューリップで有名な公園では、ゴールデンウィークに大勢の人が集まるのを予想して、コロナウイルスの感染を防ぐため、開園を自粛して、泣く泣く、すべてのチューリップを処分したと言う。手塩にかけられ、一年がかりで育てられた花たちは、無残にも捨てられてしまったのだ。

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外出自粛が効いたのか、八重桜も、モクレンも愛でる人も無く咲く、悲しさ

曇り空のはっきりしない空模様が続いていた。見事までに豪華に咲いた染井吉野の花見時期は、晴れ間が続く日もあり、愛でる人の姿を何度も見かけたたが、この所の外出自粛の影響もあるのか、満開になった八重桜を愛でる人の姿は、あまり見かけない。桜の中で、最後に開花する八重桜の見頃時期になると、花見気分が薄れてしまうのだろうか。しかし、八重桜は、塩漬けにして、風味ある桜茶が楽しめる。白モクレンが姿を消した現在、木蓮『モクレン』が咲き始めた。花は、外側が赤紫色で、内側が白色で、其のコントラストが美しい。原産地は、中国だと言う事は知っていたが、調べたところ、地球最古の花木と言われ、一億年前から現在の姿だったと書かれていたので驚いた。また、私も出会ったことがあるが、花の散り方に特徴がある。椿の花は、花そのものがボタリと落下し、木蓮は、花びらが、突如バラバラと分解したように散るのが特徴だ。蔓延する、新型コロナウイルスの影響で、自宅待機要請を受けている人からの、ラインやメールが増えている。この際、機械に弱いからと敬遠している年寄りたちは、便利なスマホを購入して、使い方を勉強すると、日常と違った世界が開けると思う。

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体全体にまとわりつくような霧雨の降る朝だった。

今朝、家を出ると、空全体が灰色に染まり、体全体に纏わりつくような霧雨が降っていた。桜の仲間の原種と言われている上溝桜『ウワミズザクラ』が、円柱状の白いブラシの様な姿で開花していた。一見すると、イメージしている桜とは結び付かないものの、小さな花一つずつ見ると、確かに桜の花の形をしている。しかし、呼び名が上溝『ウワミゾ』と書いて、『ウワミズ』と読むのか不思議だったので、調べてみると、ウワミゾが、ウワミズに訛った(ナマッタ)だけだと言う。それだけの事で正式名になることに疑問を感じるのだが。金瘡小草『キランソウ』を見つけた。ランに似た紫の花『紫蘭草』シランソウが、同じく訛って、キランソウになり、葉が地面に張り付くように広がる様子から、別名、地獄の蓋『ジゴクノフタ』とも呼ばれている植物だ。今まで出会った、キランソウに似た花『カキドオシ』や、『サギゴケ』を取り上げて見たが、よく似ている。早朝、人気のない事に、安心していたのか、川岸で、杭の上に載ったミドリ亀を見つけた。菜の花越しに見える姿を、一枚パチリ。

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