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Author:人生まだまだ
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健康で、365日歩けたことに感謝

外へ出た瞬間、チクッと刺すような非常に冷たい風に、思わず身震いがした。日の出前の明けに染まった空を見上げると、一点の曇りもなく晴れ渡り、来年は良い事がありそうな予感をさせる朝だった。しかし、天気予報官が報じていた大陸から押し寄せている大寒波は、日本海側は大雪、関東地方の山間部はもちろん、平地でも積雪が予想されていた。丘陵の端から昇った、今年最後の日の出に手を合わせ、健康で365日歩けたことに感謝した。地球全体から見れば、陸地は30%、その地上で生存する人類は、2019年現在約77億人、今その地球上では、二大国のいがみ合い、そして弱小国は、国と国とが境界を挟んで大国の代理戦争を繰り返していた。異民族、異思想、異宗教、異生活が存在する限り、人類同士の争い事は無くならないだろう。しかし、今直面している問題は、人類とウイルス病魔との戦いだろう。ペスト、コレラ、エイズ、インフルエンザと克服して来たが、現在、未知のウイルスであるコロナとの戦いが始まったのである。コロナは、人類に取りつき、仲間を増やし、更に変異し強さを増して人類を席巻しようとしていた。人類同士の戦いなどやっている場合ではないだろう。悲しいかな、平和に見えるわが町でも、足元では、自生種の植物が外来種に負け、川の中を覗くと、メダカ、フナ、コイなどから変わり、ブルーギル、バス、噛みつき亀が生息し、動物では、ハクビシン、キョン、そして、昆虫やダニに至るまで、環境に適する力と繁殖が強い外来種に席巻されてしまっていた。そして現在、勢力の強い外来種を駆逐しようと言っても、すでに手遅れ、今できる事は、共存の道を探さざるを得ない状況だろう。地球上で生存できる種類と数は、自然の摂理の中で(例えば、食物連鎖など)成り立っているのだろう。あまり数が増えれば自然淘汰し(例えば、異常発生したバッタは、食物を食い尽くすと死滅し、セイダカアワダチソウは、繁殖力が強い余り、根を張りすぎて枯れてしまう。魚なども異常発生すると酸素不足で死滅する。)光、水、酸素など、生物が必要とするものの環境の変化に適合出来ない種は、滅んでしまう。人類は、長年に亘り、自分たちに都合のいいように、進歩だ、発展だと地球環境を変えて来て、自らコントロール出来ない、地球に存在しなかったものまで作り出してしまった。その結果、地球温暖化現象を引き起こし、絶滅するもの、新たに生まれて来たものが、現在、人類に影響を及ぼしているのである。地球は、人類だけのものではない事の警告と捉えるべきであろう。人類の数、77億人が適合であるのか、ないのか、自然はウイルスによって人類の数をコントロールし始めたのではないだろうか。果たして、私の仮説はいかに❓ 2020年の最後となる日に記す。


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コロナの病魔でイライラした気持ちを、更に追い打ちをかける暮れの雨

今年も残すところ、あと一日となった。今朝は、猛威を振るっているコロナウイルスの病魔で気持ちが疲弊している状況を表しているような、どんよりと鬱陶しい曇り空から落ちて来る雨が追い打ちをかけるように、割り切れない思いで沈んでしまいそうだった。歩いて行く目の前の景色は、どこを見ても茶色く染まった枯草ばかりが目立ち、生き生きとした生命力を感じられるものは無かった。前方の丘陵に向かって、真っすぐに延びている道の先に、何が待っているのだろう。橋上から眺めている川の流れ下って行く先に何が待っているのだろう。谷津田の中に広がる葦原の先に何が待っているのだろう。私は信じている。荒涼とした景色を作っている、冷たく寒い冬をじっと耐えれば、暖かい生き生きとした生命力溢れる景色を、作り出してくれるだろう。そうした自然のサイクルが狂ってしまう時代が来てしまったら恐ろしい事が待ち受けている事だろう。先行きの見えないコロナと言う病魔の猛威を、いつまで耐えれば、心落ち着き安心を得ることが出来るのだろうか。きっと来年こそは・・。


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明日から大寒波が襲来と言う、年末の貴重な晴れ間

幾分寒さの緩んだ昨日から一転、放射冷却によってぐっと冷え込んだ朝になった。総合公園の芝生広場までやって来ると、まるでスケートリンクのように見えるほど、真っ白に霜が降りていた。ヒヨドリが一羽、霜の降りた芝生が、足に冷たいというかのように、ヒョコヒョコ飛び跳ねながら餌を漁っていた。その様子を見ていると、こちらが気になるのか、しきりと首を振ったり、傾げたりしながら警戒していたが、虫でも見つけたのか、器用に嘴で土を掘り返して餌を食べた。カメラを向けた途端、パッと飛び立ち、近くの枯草に止まり、ヒィーヨ、ヒィーヨと鳴きながらこちらを見ていた。この鳥は鳴き声から名前が付けられたという。帰り道、ある農家の柿の木に、熟し柿がいくつか残っているのを見つけてやって来たメジロが数羽、チィチィ鳴きながら啄み始めた。首を伸ばして柿を啄んでは、こちらを警戒して白目の中の黒い点のような目で見ていた。何度かその動作を繰り返している様子が可愛かった。この鳥は、目が白いのでメジロと言うそうです。


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乾燥した日々、曇り空に一雨欲しいと願うのだが。

どこもここもカラカラに乾き切って、ドアの取手に触れて、ビリッと痺れたり、洋服を脱ぐ時、静電気が起こり、パリパリと音を立てて引っ付いてくるなど、湿度がゼロパーセントというほど乾燥している日が続いていたので、雨の天気予報に期待をしていたのだが、残念ながらお湿り程度に終わってしまいそうだ。曇り空の今朝は、放射冷却の起こらなかった分、寒さが和らいだように感じた。今年もあとわずか、コロナウイルス感染症で始まり、このままだと、コロナ騒ぎで終わりそうな一年だ。暮れもこれから迎える正月も、外出規制、各種店舗の営業時間の短縮、各イベント中止、各神社仏閣への初詣は、祀られて以来だろう、お参りする人々の入場制限を設けるなど、いままで経験にない年末年始となりそうだ。世界各国で、ワクチンの生産競争が行われ、予防接種が始まったが、促成栽培される作物ようで、その効果、副作用の分らないものは不安が残る。いずれにしろ、期待の雨などに一喜一憂する、気持ちにゆとりのある生活の出来るこの町に住める幸せを、しみじみと感じる。


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県内わが町だけにある貴重な宝物、双体道祖神

県内でもわが町にしか見られないという貴重な双体道祖神がある。そもそも、双体道祖神とは、何かと言うと、男女のカップル像で、男像の右手が、女像の肩にかけられ、その手を女像の右手が握り、そして、双方の左手は、一本の杖を仲良く握っている姿の道祖神である。現代、そのポーズは、自然な形に受け取られるが、江戸時代では、造像としては大胆なポーズだったことだろう。道祖神は、路傍の神として、民間信仰の間で、最も庶民に親しまれたもので、集落の内と外の境界や、道の辻に、石碑や石像の形態で祀られ、厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するための村の守り神だった。江戸時代に遡る双体道祖神は、全国でも、千葉県の他、長野、山梨、静岡、神奈川、群馬の5県に限定されているほど珍しいもので、県内でも双体道祖神があるのはわが町だけであり、それも9体も見つかっている。しかし、尾上の双体道祖神だけは、門倉家の氏神として祀られている。何百年と庶民の願いを聞いて来た、目の前の道祖神は、その願いをどのくらい叶えてやったのだろうか。人の生活と密着した道祖神は、現在、忘れ去られたように風雨に晒され、顔の造作さえもはっきりしないほど風化してしまっていた。


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ポカポカ暖かい四阿のベンチに座り、ウトウトと居眠りを漕ぐ

あたりは霜が降り、真っ白な世界。日陰の大気はマイナス2度。陽射しがたっぷり当たる四阿は、ホカホカと暖かい別世界。冷たい大気の中、コチコチに凍った農道を歩いて来た体には、この温もりは、何とも言えないご馳走だった。ベンチに腰を下ろして、静寂な早朝舞台に登場して来る役者の演技を楽しんでいた。四阿近くの山茶花の木に、チィチィと鳴きながらメジロが数羽花の蜜を求めてやって来た。警戒深く、ジッとせず葉陰に隠れながら、枝から枝へと跳ねまわっていた。姿は確認できないが、向かいの林で、ギャーギャーと鳴くのはカケスだ。突然メジロが、羽音を立てて飛び去った。何かあったかと、首を伸ばして山茶花の木を覗くと、チョチョチョと鳴きながら姿を現したのは、ツグミだった。身体がぬくぬくと、気持ちよく温まって来ると、睡魔が襲ってきた。ジッとして陽射しを浴びていると、瞼が重くなり、ウトウトとし、頭がガクッと、下がるたび、ハッとして目が覚めた。気持ちの良いうたたねだった。


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今日はクリスマス、サンタのオジサンはいるが、なぜオバサンはいないのか

日々寒さが募ると同じように、人々が恐怖に陥っている病魔のコロナウイルスに罹患した人が、日々その数を増やし、収束が見えない状況にあった。閑静な我が町でも、現在28名の感染者が出ている。そして、滅多に人に出会わないウォーキングにおいてもマスク常用する人が多く見られるようになった。本日は、いつの間にか日本でも恒例行事となっているクリスマス、サンタに扮したパパたちは大活躍の事だろう。しかし、ある新聞に、サンタクロースは、男性ばかりで、女性のサンタクロースがいても良いのではないかと、問う記事が出ていた。確かにそう言われると、一理ある。観念的にサンタクロースは、男性と決めつけていたのは否めない事実である。女性はヒゲを伸ばせないから、などと言う事は愚の骨頂である。一度考えてみてもいいのではと思う。総合公園にあるトベラの木に赤い実が熟れていた。ヒヨドリが枝につかまり、逆さになって、夢中で実を捕り漁っていて、傍まで近づいて行っても逃げる様子が無かった。写真は、関東の霊峰筑波山


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人間が年を取るのは自然のこと、しかし、自然の年を壊すのは悲しいかな人間だ。

今、『コロナ』と言えば、コロナ感染症のことを指す人がほとんどだろう。しかし、かつては、誰もが、太陽コロナを思い浮かべたものだった。CORONA、コロナは、ラテン語で『冠』を意味する。今朝の日の出の写真は、コロナ状態に映った太陽で、面白い写真になった。先日、野球人の新庄剛志が、現役を離れ14年、再び現役復帰への挑戦した姿が報じられていたが、現役復帰の夢が破れ自ら身を引いたことがあった。私自身、このくらいの高さなら越えられると思い、引っ掛かって転ぶ、このくらいのものなら持てると思って腰を痛め、何と情けないざまだと悲嘆にくれた。気持ちと肉体はすでに距離が離れていた。それは、年齢と過して来た時間には、対応できないと認識させられた。自然もそうだった。昔は、この町でもこんなにも自然が残っていたが、今は、荒れ放題の景色が見られるだけ、それでは、昔の自然を取り戻そうと立ち上がった所でも、長い時間をかけて壊れてきてしまった自然体系のゆがみ、食物連鎖の破壊で姿を消してしまったものは、取り戻すことは出来ない。巻き戻せない時間は、残酷だった。自然も、人間と同じように、年を取り、力を無くしていくのだろう。その原因を
作るのは人間だけに悲しい。


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孤独なダイヤモンドSUN

かじかんだ手を擦りながら、林の中の道を歩いている時、木々の切れ間に浮かんでいる太陽を見つけた。陽射しを四方八方に飛ばして輝いている姿は、まるで巨大カラットのダイヤモンドのようであった。横道に逸れるが、ダイヤモンドの質量を表す単位としてカラットを使用するが、因みに、一カラットとは、200ミリグラム(0.2グラム)です。林を抜けて出てきた所にあった、一軒の農家の庭先に小さな真っ赤な実を房状に付けた、クロガネモチ『黒鉄糯』があった。子供の頃、この木の皮を剥いて、石で叩くとベタベタとした『トリモチ』が出来た。そして、そのモチを木の枝に塗って鳥を捕る事に使ったものだったが、実際に鳥を捕まえたことは無かった。そして、クロガネモチは、イチョウの木と同様に、雄の木と雌の木があって、赤い実を付けるのが、雌の木である。アルキマンは、白い息を吐きながら、凍てついた道を今日も行く。


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太陽は泣いている。

地球が生れた時から変わらないだろうと思われる、東から昇って、西に沈む、太陽の姿とその軌跡は、現在、毎朝拝む太陽が、今でも変らぬ軌跡を辿っていると思った時、頭が爆発してしまう程、気の遠くなりそうな地球の歴史を見て来ているのだと感じた。その長い歴史から見て、ほんの瞬き一つするだけに過ぎない短い時間で、人類はすっかり地球を汚染させてしまった。きっと、太陽は泣いているだろう。今、目の前に広がる真っ青で、底知れぬほど澄み切った天空で、光り輝く太陽の恩恵で、生かされてきた人類始め、動植物はもちろん、生きとし生けるものすべて、環境に適応し、変化を繰り返し生き残って来たものは現在どれほどあるだろうか、わが町で、出会う、または見つけられる動植物は沢山あったが、いや、まだ出会えず、見つけられないものも沢山あるだろうが、これ以上自然破壊をしてはならない、いや、させてはならないと、強く感じた朝だった。


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