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人生まだまだ

Author:人生まだまだ
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物事を安易に考え、無責任に行動し、反省しなくなった風潮が横行する。

今朝は、曇り空の寒い日になった。メジロが群がって、熟し柿を啄んでいたところに、二羽のヒヨドリが飛んで来た。メジロたちは、驚いて、飛び去った。メジロを追い払ったヒヨドリは、我がもの顔に、熟し柿に、嘴を刺しこんで食べ始めた。野生の世界では、強弱の序列が決まっていた。最近の人間の一部も野生化して、第二次冷戦時代が、始まろうとしていた。『どうして』、『なんで』、などと、疑問を持った時、直ぐにネットに頼ってしまう。なぜかと言うと、直ぐ答えが出て来るし、機械の操作が出来れば、知識を得られるからだ。現在、『猫も杓子も』と言っても、時代錯誤と解されてしまうかもしれない、言い換えれば、ここでは、大人も子供もと言おうか、誰もかれもと言おうか、携帯電話の普及でほとんどの人が持ち歩いている。疑問を持ったものに対して、まず、自分なりに考えて見る事をせずに、安易にネット検索に走る。そして、答えを得られると、なーんだそうかで終わってしまうので、ネットを消した瞬間、その答えを忘れてしまう。最近の青年たちを見ていると、器用にスマホを便利に使いこなして、いまや生活、いや体の一部のようになってしまっている。スマホは、確かに利便性に富み、コンピューターを持ち歩いていると同様の価値がある事は認める。しかし、ここで問題は、物事を考えなくなって、自分なりの想像を働かせる能力の低下を起こしているように感じる。先日の新聞に掲載されていた、日本の子供たちの『読解力の低下』が指摘されていたが、何か頷ける点を感じる。日本を代表する人たちも、権力をかさに、思い付きの無責任行動を、安易にもみ消そうとしている。お先真っ暗だ。参考、『猫も杓子も』の語源は、トンチで有名な一休咄(はなし)の説話『釈迦も、達磨も、猫も、杓子も、皆生まれて死んでゆく』が、伝播して行く内に、頭の『釈迦も、達磨も』の部分が抜けてしまったのだろうと言われている。

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